ご挨拶


2016年 新しい年を迎えるにあたって

大正12年1月17日に祖父が創業した菊池商店を、平成7年7月7日にナナーズと 社名を変えて、「こんな田舎にこんなでかい店を作ってあまりにも無謀だ」といわれた現在の店を造って以来早20年になる。
20周年を迎えることができたことに対し、お客様、社員、株主、すべての皆さんに心から感謝する次第であります。(創業から92年、あと8年でちょうど100年になります)

今年4月には佐久市安原に3店舗目を出店します。
佐久市の競合店のひしめく中に出ていくことに対し、当然のごとくいろんな声を聞くが、それはいつものことである。
一部の人から見たらまたしても無謀なことをしているといわれていることは承知している。
しかし、ただ私達は単にこの仕事の「プロ」を目指しているだけであるのだ。
P・Fドラッカーの言葉に「プロの条件」という言葉がある。
「プロとは、夢をかなえるために敢えて困難な道を選択し、先入観や既成概念を捨てて、情熱を傾け創意工夫をしながら、ブレずに目的を達成しようと努力し続ける人である」

私の第一の目標は、ここ川上村の人々に、都市部のお店より少しでも有利な買い物をしていただくことで、「ナナーズがあってよかった」と言ってもらえることである。だからこそ常に価格もどこよりも安く提供する必要がある。業界の人からは「競合店がないのに何でこんなに安くする必要があるのか」とよく言われるが、問題はどれだけ利益を上げるかではなく、どれだけお客様に喜んでいただけるかであり、働いている社員がどれだけ自信をもってお勧めし、同時に自信をもってナナーズで買い物ができるかである。
だからホームセンターの特売広告の価格を定番価格にしたりしているのだ。
少しでも他店から学び、決して引けを取らない努力をし続けることがナナーズの使命であるから。

そして第2の目標は、もっと多くの人にナナーズがあってよかったと思ってもらうことだ。
そのためにも、競合があることは良くなるための絶対条件であり、競合のないことは店にとっても、またお客様にとっても不幸なことであると思う。

4月に佐久に出店してしばらくは、新しい社員の中で慣れるまで半年くらいは苦労すると思う。お客様にも迷惑をかけてしまうかもしれない。しかしその苦労を乗り越えた分だけナナーズの成長があるのだと思っている。
そこで得た新しい技術や商品や価格はまた川上のお客様に提供することができる。
だからこそ休んでいる暇はない。2016年、ナナーズは進化します。

「進化できたものしか生き残れない」ダーウィンの進化論


2016年1月1日
株式会社ナナーズ
代表取締役社長
菊池 芳徳


2015年平成27年を迎えて

一人のお客様の喜びのために誠実を尽し
一人のお客様の生活を守るために利害を忘れる
その人間としての美しさこそ
我が小売店経営の姿としたい。

ナナーズの考え方の原点を忘れてはいけない。
2015年もその言葉をもっともっと深く掘り下げたい。

「プロとは、夢をかなえるために敢えて困難な道を選択し
 先入観や既成概念を捨てて、情熱を傾け創意工夫をしながら
 ブレずに目的を達成しようと努力し続ける人です」

昨年から佐久市に新しい店舗を作る計画をしていますが、
なかなか許可がでません。でもあきらめません。努力し続けます。
(佐久市で農地を転用することがこんなに難しいとは・・・。)


2014年 平成26年 新年を迎えるにあたって

2014年 平成26年 新年を迎えるにあたって

2014年を迎えるにあたって、まずこれまでナナーズをご利用してくださったお客様に心から感謝申し上げたい。
そして毎朝「私たちはすべての人を尊重します。私たちはお客様のために尽くします。私たちは常に最高を目指します」とナナーズの信条を唱和しながら、本当に献身的にお客様の為を考えて行動してくれている社員(学生アルバイト、時給社員、月給社員)全員に心から感謝したい。

この素晴らしい社員に囲まれている自分のありがたさを神様に感謝したい。

このお客様とこの社員のためにもっと貢献するためには社長の私が昨年の何倍もの努力をしなくてはいけない。会社をもっと強くもっと成長させなくては貢献できない。
成長するための唯一の方法は,自分の身を競争(危機)の中に置くこと。そうしなければ会社は退化してしまう。そしてより成長したければ、より強い相手と戦うことである。それ以外に成長するすべを私は知らない。

ビジネスの世界にもしも現状維持というものがあるとしたらそれはたった一つ、時間が止まってくれることでしかありえない。しかし時間が止まることはない。

今年は新しいお店を作ることになる。周りからなんと言われるかは想像に難しくはない。

事業の目的が我欲であるならば久しからず・・・である。
利他の精神で行われる事業であれば滅ぶることあらず・・・である。

だから事業は結果でしか判断されないのは、ある意味で正しいと思う。

新保民八先生の言葉どおり「正しきによりて滅ぶる店あらば滅びてもよし、断じて滅びず」この言葉を胸に今日までやってきたつもりだが、今の自分のレベルは10段階であれば2というところだろう。よほどの努力なくして明日はない。

この世に奇跡的に生を受けた意味を考える年にしたい。


2014年1月吉日
株式会社ナナーズ
代表取締役社長 菊池芳徳


リーダーの条件

「リーダーは変化を受け入れ、変化を待ち望み、変化を歓迎できなければいけない。
さらにリーダーは自ら変化を生み出していくべきである」
ジョン・C・マクスウェル


2013年度挨拶

2013年度挨拶

今年は2013年、前回あいさつ文を書いてから7年の月日が経ってしまった。
今年の元旦に家族全員で撮った写真を見ると、子供たちがどんどん大きくなっていることに驚く。

ホームページを刷新するにあたりあいさつ文を・・・と言われたものの、今まで言ってきたことになんら変わりはない。だから書き直しはしない。書き足したいと思う。

ペコペコと頭を下げ、陰で”高いのまずいの”と言われながら我慢して・・・。
こんな商売の跡継ぎにだけはなりたくない。
それが私の20代はじめの姿であった。
(みじめだったのは店の小ささではなく、自分の考え方だったと今はわかるのだが・・・。)

昭和63年(当時23歳)商業界ゼミナールに初めて参加して、岡田卓也さん(現イオン創業者)にお会いし、故川崎進一先生にお会いし、 そして私の人生観を180度変てくれた”経営の神様”と称された故渥美俊一先生にお会いし、三日間朝6時から夜中の2時まで勉強させていただいた。
生まれてはじめてあんなに身震いし、涙がこみ上げてこみあげて止まらなかったことはなかった。

早速川崎先生の門下生となり、卒業後矢継ぎ早に渥美先生のペガサスクラブに入門させていただき小売業の虜になった。
渥美先生にビジョンを“一兆円”と書かされた時は唖然としたと同時に身震いがした。
同じ教室にあのダイエーの中内功社長はじめスカイラークの茅野社長、紳士服の青木社長、しまむら、コメリ、ニトリ・・・日本を代表する大チェーンの社長さんたちと同じ勉強をさせてもらっているだけで、なにか自分まで大きくなったような錯覚さえ覚えた。
ペガサスクラブの30周年記念パーティーで、同じテーブルにイトーヨーカドーの伊藤会長がいただけで胸がドキドキして、結局何も喉を通らなかった時の思い出は私の一生の思い出になった。

(思い出といえば、ジャスコが佐久平にオープンしたときに、創業者の岡田卓也さんに無理を言って佐久のホテルで講演をしてもらった時には、大深山の若い人たちにも協力してもらい、800人の聴衆を集めて盛大にやれて岡田会長に大変喜んでいただいたこともいい思い出だ。

その時のことを言えば、藤原村長にまで参加していただいて、懇親会の席では村長に岡田会長のお相手をしてもらったり大変お世話になってしまった
あの時に村長が全国町村会長になっていたらきっともっと話が盛り上がったんじゃないかなんて思ったりして・・・。

それと、私が佐久商工会議所会頭の樫山会頭に初めてお会いしたのもその時だった。それ以来今日まで樫山ご夫妻に家族ぐるみのおつきあいをさせていただいていることも感謝しなくてはいけない。)


ペガサスクラブに入会して、3年目に渥美先生との個人面談があった。

私はまだ30坪の商店主のままだった。渥美先生にこっぴどく叱られた。

「店が小さいことは決して悪いことではない。しかし小さいままでいることは怠慢以外の何物でもない。
はじめはどこもみんな小さかったんだ。お金もなかったんだ。努力して大きくなったんだ。おまえは努力が足りない。365日24時間、寝ても覚めても勉強しろ!これからは300坪なかったら生き残れないの!」


あんなに怒鳴られるとは思わなかった。(でもうれしかった)
こんな山奥に300坪の店を作ったのは渥美先生が怖かったからかもしれない・・・。

一昨年渥美先生は他界された。
しかし渥美先生の教えと約束は私の人生から消えることはない。


「小売業、中でもスーパーマーケットほど人々の暮らしに貢献できるビジネスはないんだ。
小売業の社会的位置づけを高めるのが我々の使命なんだ。アメリカに学べ!そして世の中にもっと貢献するんだ。」


この仕事は私の天職です。だからこれからも、もっともっと学び続けます。
これからもよろしくお願いいたします。


2013年2月吉日

株式会社ナナーズ 
代表取締役社長 菊池芳徳


代表者挨拶 2006年

ナナーズは人口5000人弱の川上村という小さな村に本店がある。この閉鎖商圏に450坪という巨大な売り場面積をもっている。だれが考えても不思議な店である。平成7年7月7日、ほとんどの人たちの"無謀だ!"という言葉を尻目に店をオープンさせた。

無謀だと言う言葉は正しかった。

なぜなら業界常識では
1つには、人口4800人の閉鎖商圏では300坪の店は成立しないとされていた。

2つ目に30坪の店から一気に300坪にすることは不可能とされていた。

3つ目に人材がいない中での300坪の店舗の運営は不可能とされていた。

4つ目に他町村からわざわざ山奥にお客様は来ないとされていた。

5つ目に資金力がなければ大きな店は作れないとされていた。


私は「5つの不可能常識への挑戦」というタイトルの計画書を作り、商工会へ何度も足を運び、他のお店の人たちにも賛同を求めた。ばらばらに点在するお店を一か所に集めて商業集積を作ることが10年後の生き残りのために絶対必要だと訴えた。だれも耳を貸してくれなかった。当然であった。


結局単独で店を作ることになった

10年かけてようやくオープンにこぎつけた。23歳の時に計画を作りはじめ、結局オープンさせた時はすでに32歳になっていた。その間、日本にはモデルがなくアメリカにモデルを求めた。アーカンソー州ベントンビルという4800人の片田舎にでっかいでディスカウントストアーをつくって急成長している店があることを教わった。自分の環境と同じだと思えた。

それから年に2〜3回のアメリカ通いが始まった。よく別な目的で行っているのではないかとからかわれた。当時日本ではあまり知られていない名前の店であった。

"ウォルマート"

その店は私にとって心の支えだった。


もうひとつ大きな心の支えになっていたのは、商業界のリテールマネージメントスクールの故川崎進一校長先生に教えていただいたフランスの経済学者ルネ・ユーリックの言葉


「大きな町には小さく作れ、小さな町には大きく作れ」

という普遍の言葉であった。

そして自分の全財産(わずかだけど)かけても悔いがないと私の決断の決め手になった最大の理由はこの川上村大深山という私の生まれ育った場所にある。ナナーズの前身は菊池商店であり、私は3代目である。私が今こうして経営をさせていただいているのはその先代の歴史があってのことである。

この3代がどれほど川上村の人たちにお世話になったかはとても私が簡単に説明できるものではない。私が説明できることと言えば、父が39歳で他界した時私は小学校4年生だった。母と祖母と3人の子供と多額の借金を残して逝ってしまった。その時点ですでに菊池商店は終わっていてもおかしくなかった。


川上村大深山の人たちに支えていただいたから今がある。

50メートルもない眼と鼻の先に資金力のあるお店がオープンしたときも大深山の人たちは菊池商店に来てくれた。この有難さはきっと経験したものでしかわからないかもしれない。私は生涯この感謝の気持ちを持ち続けるつもりである。


ナナーズをなぜ国道の通っているところに作らなかったのかとよく聞かれる。その方がもうかることは誰にでもわかることである。なぜこんな山奥に大きな店を作ったかと聞かれれば「自分の生まれたところだから」としか答えられない。理由は簡単に説明できるものでもなく、人間の人生観にかかわるものだから。

しかしながら経営にゴールというものはなく、今になってはすでにお客様に対しては不便な店になっており、ましてや川上村の人たちに何の貢献もできないでいることに申し訳ない気持でいっぱいである。


今後ナナーズを成長させていくためには外に投資をしていかなくてはならないことは当然である。ましてや近隣の人口が減ってきている昨今、ナナーズ本店への投資意欲は年々無くなることは私が一番わかっている。だから3年前に改装した。300坪をさらに450坪にし、2階まで作った。ナナーズをはじめに作った時以上の投資をした。人口は減っているというのに…。

また平成七年の時と同じことを言われた。

"あんなことして何考えてんだ!"と。

この投資は10年後のためのものであるといっても仕方ない。10年後にならないと理解してもらえないから・・・。 


ナナーズの名前の由来をよく聞かれる。

ナナーズの名前の由来をよく聞かれる。

この店を作る計画書を作っている頃に長女の奈那(ナナ)が生まれたのでそのまま名前にしただけ。今のナナーズのロゴマークの女の子の絵は5人目の子二女"美耶"と6人目の子三女"由華"をモデルにしたもの。ただそれだけのこと。でも6人の子供を産んでくれた女房にはとても感謝している。
あとはこれからナナーズを成長させることで、地域そして社会にどれだけ貢献できるかが私のこれからの人生をかけた仕事である。


私の生涯のテーマ 「不可能常識への挑戦」

私の生涯のテーマ 「不可能常識への挑戦」

私の最も大切にしている言葉

「商人の姿とは、一人のお客様のために誠実をつくし、一人のお客様の生活を守るために利害を忘れる。その人間としての美しさこそ本物の商人の姿である。今日のあなたの仕事は、たった一人でもよい、心の中で"ありがとう"と言ってくださるお客という名の友を作ることである」岡田徹先生(昭和32年没)の言葉

座右の銘  「一日一生」

ホームページをリニューアルするにあたり


2006年7月吉日
株式会社ナナーズ 代表取締役社長
菊池芳徳