長野県南佐久郡川上村。秩父連山・八ヶ岳連峰に囲まれた人口4800人の静かな高原の村だ。
ここに私たちの店「ナナーズ」がある。
村全体の商業売上は40億円。ナナーズの年間売上高は約10億円。こんな小さな村でと、珍しさも手伝ってか、業界でも注目を集めた。私のところに何人もの業界誌の記者が取材にこられた。書いていただいた記事は、失礼ながらどれもピンとこなかった。
カッコよすぎるのだ。
そこには、全く自分でないような優秀な経営者と、成功したスーパーが書かれていた。成功なんて、とんでもない。ナナーズはやっとスタート地点に立ったばかりだ。私たちが本当に大切にしたいのは、売上ではない。私はナナーズの理念すら、まだ従業員に伝えきれないと言うのに。
私たちが作りたいのは「伝説の店」
お客様に物を売るスーパーではない。喜びを与える店、感動を与える店なのだ。ナナーズでのできごとが小さいことだけど、大切なこととして、お客様の心にいつまでも残って、語り継がれていく。そんな店をつくりたい。私たちの挑戦は、始まったばかり。まだ少しだが、こんなことが積み重なって、「伝説」ができるんだ、と感じる出来事もある。
「ナナーズで買い物したものをどこかに、忘れてきた。お店に置き忘れてないか。」という電話が、お客様からあった。店内を探したが見当たらない。お買い上げいただいた商品をお聞きし、全部そろえて、ご自宅へお届けした。お客様はとても喜んでくださった。実際にはその商品は別のところにあったそうだが、そんなことは問題ではない。
あるお客様が、他店でお買い上げいただいた商品を「返品したい」と持ってこられた。「すみません」といって商品を受け取り、代金を返金した。お客様は「ナナーズで買った」と思って、いらしゃるのだ。ありがたいことだ。それを「うちの商品ではないので、返品はできません」と対応することで、わざわざお客様に恥をかかせる必要はない。
「お客様は常に正しい」これがナナーズの判断基準。
年配のお客様がお酒の瓶をかごに入れた時、さっと従業員がでて来て、かごを持った。お客様が笑顔になった。そのスタッフは誰に指示されたわけでもない。自分で気が付いて行動したのだ。ただそれだけのことが私には嬉しかった。
でも、まだほんの一部にしかすぎないし、従業員全員ができているわけではない。中には、こんなやり方は納得してはいないが、社長が言うからしかたない。と思っている人もいるだろう。私の努力がまだ足りないのだ。
でも、ほんの一部でも、従業員がいい判断・サービスをしている場面を見るとよかったな、と心から思う。私が目指しているものは間違っていない。伝説の店は、絶対実現できるのだと。自分がこんなふうに思えるなんて、昔はまったく予想していなかった。
家を継いだのは15年前、23歳の時.30坪の小さな店舗だった。小さい頃から、ペコペコ頭を下げる商売が嫌でしかたなかった。しかし小学校4年生の時、父が亡くなり、母と姉が苦労してやってきた家族の大切な店を、つぶすわけにはいかなかった。年商は7000千万円だったが、同時に5000万円の借金も抱えていた。お客様は当然、近所の顔見知りの農家の方たち。売掛金の回収にうかがった時「俺たちが買っているから、お前たちが食っていけるんだ」と暗に言われた。言われても、だまっているしかなかった。悔しかった。情けなかった。
外交官にあこがれて、16歳の時アメリカに留学した。帰国してからの人生は、うまくいかなかった。突っ張って、停学処分を受け、転校して、やっと高校を卒業できた。
それから、東京の外国語専門学校へ入学。結局、東京では何も見つけられなかった。村に帰ってきた頃の自分は、思えばコンプレックスの塊だった。
売上で見返してやる、借金を1日でも早く返してやる。それだけを考えていた。お金がすべてだった。自分しか頼るものがない、そんな苦しい日が続いた。そんな時、商業界のセミナーを紹介され、暗い穴からやっと明るい外に出たような気がした。そこで話されることは、今までの自分の売上至上主義の考え方と全く違っていた。
「店はお客様のためにある」
お客様の喜びを第一としない限り、商売は続かない。自分だけよくても、何も生み出せない。今までのやり方は間違っていた。涙が止まらなかった。それから、お客様が喜ぶためには、どうすればいいか自分なりに考えた。今までのやり方をすべて否定した。考え方を変えると、急に道が開けてきた。そんな値段じゃ無理だと思われるセールもやった。ようはやり方だ。そんなことできないと思っているだけじゃ、いつまでたっても、何もできない。
売上が上がり、いい仕入れができるようになり、店が好循環でまわりだした。この間、私はもっと勉強しようと、セミナーに参加したり、アメリカにも行った。ウォールマートやノードストロムなどのサービス哲学に触れるたび、日本の小売業は何かが違うんじゃないか。生意気だが、そんなことを考えるようになった。お客様のためにも従業員のためにも、もっと取り扱い品目を増やし、もっと安価でいいもの商品を提供するため、損益分岐点の低い店にしたかった。何より従業員が、売上を気にせず、それでいて理想のサービスができる環境をつくりたかった。
まずいまの30坪の店を、300坪にしようと考えた。いろんな人に相談したが、反応は一様に冷たいものだった。"素人集団に300坪の店は無理、立地条件が悪い、小売りの成長限度は3倍だから90坪が限度、なにをばかなことをいってるんだ"というように・・・・。
でも、どうしてもやりたかった。自分の考えを理解してくれそうな人、一人ひとりに必死で思いを伝え、出資をお願いした。何人かの方が、私の情熱に出資してくれた。なんの保障もないのに・・・。銀行も融資してくれなかったのに。本当にありがたかった。その人たちのおかげで、今日がある。一生かかかって恩返しをしていきたい。
ナナーズをいい店にしていくことが、一番いい恩返しになるんだ。
出資者のほかにも、多くの人に支えられ生きている。お客様のおかげであり、いい商品を仕入れさせてくれる問屋さんのおかげであり、この店で働いてくれるみんなのおかげだ。一緒にがんばってくれる仲間に、ナナーズで働いてよかったと思ってもらいたい。パートさん、社員、問わずアメリカにいって実際に様々な小売業を体験してもらったり、茶道も習ってもらっている。普段ではできない体験を通じて、人生を少しでも、豊かなものにしてくれると嬉しい。
スタッフに茶道を習ってもらっているのは目的がある。お茶は、もてなす側ともてなされる側の両方を体験できるもの。学んで欲しいのはお手前の順番ではなく、亭主とお客様が、一つの空間を一緒にたのしむことなのだ。
お客様に対し「いらっしゃいませ」という言葉だけではおかしい。殆ど毎日きていただいているお客様にかける言葉ではないからだ。私たちのあいさつは、「こんにちは」。「こんにちは」は何かをしながらではいえない言葉。顔を見なければいえない言葉。まず来店されたお客様に、笑顔で声をかけるところから、コミュニケーションが生まれる。
ナナーズのレジの仕事にも、もっと価値をつけていきたい。お客様に喜びや感動を与える店にするためには、レジは重要だ。対応次第で、お客様を喜ばせることも、失望させることもできる。それなのに、スーパーは、今までレジを簡単な仕事として扱ってきたではないか。レジはお店の顔。自然とお客様と顔を合わせ、会話ができる場所だ。レジという仕事のスティタスをあげていきたい。例えば、大卒の職業の選択肢にスーパーのレジというのが認識されるように・・・。
"お客様から「これおいしいの」と聞かれたんですが、どう答えればよかったのでしょう。私が食べておいしかったので、それをつたえてもいいんでしょうか。"ある従業員が質問してきた。
私は、こう答えた。たとえ自分が食べたものでおいしいと感じていても、「おいしい」という感じ方は、ひとそれぞれ。もしお客様がおいしいという言葉を信じてお買い上げになられ、おくちにあわなかったら、がっかりされるだろう。お客様にリスクを負わせてはいけない。その場で、試食してもらいお客様自身に判断してもらえばいい。たとえそれが1980円のメロンであっても。試食で残ったものは、他のお客様へも試してもらえば喜ばれるし、コミュニケーションのきっかけにもなる。だから、POPには「うまい」と書いてはいけない。
それがナナーズのやり方だ。
こんなやり方に自信が持てるようになったのも、3~4年前からだ。それまでは、自分は売上をあげたいのか、それともサービスを追求したいのか、わからなくなることが、よくあった。悩んだ。
でも、もう決心した。
理想とするサービスを実現することで売上は必ずついてくるんだ。「あなたの今日の仕事は、たった一人でもよい、心の中で"ありがとう"と言ってくださるお客という名の友人をつくること」ナナーズのやり方を、お客様は支持してくださっている。従業員も頑張っている。もう迷っている暇はない。強く思えば、絶対かなう。これまでの商売が私に教えてくれたことだ。
もし私の考えとあなたの考えに共通点があるなら、ぜひ、仲間になって欲しい。伝説の店をつくるメンバーになって欲しい。感動を与えるサービスの土台となる商品、価格、陳列ももっと工夫しなくてはならない。そして何より大切な従業員の意識づけなど一緒に考えていってくれると嬉しい。伝説を作り上げるステップを一緒に楽しんでいかないか。
アメリカのチェーン店では、売上1兆円、もしくは200店舗でなければ、成功ではないといわれている。しかし私たちが今やるべきことは、
1店舗でもいいから、まず感動を与える店を作ること。
そして、それは日常の生活に必要なものを扱っている店だからこそできると信じている。お客様の感動する出来事が、ナナーズの日常のものとなる時、ナナーズは「伝説の店」になる。
そして、伝説をつくるのは、店で働いているみんなの力だ。従業員一人一人が自分の考えで行動し、感動を作り上げた時、ナナーズは必ず「伝説の店」になる。
その時を、あなたと一緒に迎えたい。
2001年秋



